お知らせ&情報

おせち料理の販売開始時期について

おせち料理の販売開始時期について  毎年ご注文いただき誠にありがとうございます。 現在、たくさんの皆さまから「おせち料理」の販売開始時期についてお問い合わせをいただいております。 ただ今、9月下旬から10月初旬のWebS

もっと読む »

仕出し折詰弁当専門店

 日本の食文化が大きく変化し始めた江戸末期から明治初期、「角田新兵ヱ」は、大坂木津邑にて“金時人参、天王寺蕪”など、現在、「なにわの伝統野菜」と呼ばれる農産物を栽培し(歴史資料や、口伝から推測)、行商や大阪天満青物市場で販売していました。その後、新兵ヱの孫の新太郎が、農産物を売り歩きつつ、素材と味を吟味した料理の仕出し「う越新」を始めます。大正十四年のことでした。

 より新鮮な素材を求め戦後は一時期仕出しと共に木津卸売市場で魚の卸売りを営みます。昭和32年には、新太郎の長男「照夫」が「う越新」を後継、昭和41年には「株式会社 うを新」を設立します。現在、料理仕出し専門店「木津 うを新」は、先祖が栽培していた、おいしくて体にやさしい「なにわの伝統野菜」をより多くの方に味わっていただくために伝統の味を現代に蘇らせています。

会社概要

社 名 株式会社うを新
屋 号 木津うを新(きづ うおしん)
住 所 〒543-0056 大阪市天王寺区堀越町12番5号
電 話 06-6105-1770
FAX 06-6105-1771
創 業 大正14年以前
設 立 昭和41年6月1日
資本金 10.000.000円
代表取締役 角田 守
WebShop www.uwoshin.net

木津の由来

 当店の屋号“木津”は“浪速区史”によると次のような由来があります。

 推古天皇元年に、四天王寺建立の際、諸国より建築用の木材が木の津の地に着したとの事。後、木津と称す。現在の大国町、敷津町一帯を言う。

 当地には、他地域に見られぬ珍しい姓の人がある。
例えば、徳珍、茶珍、鍋釜、雲雀(ひばり)、碇(いかり)、鰯(いわし)、法西、法覚、普賢、仏坂、覚道、改正、鈍宝、綿帽子、目蓮(めれん)、言美(ごんび)、言飛、道圓、道願、法心、鯛天、三條場、仁丹、妙玄、太真、成舞、浄閑、正月、十石、弓場、古銭、など。
難波、木津の土地の有力の人に多い。(浪速区史より引用)

沿革と歴史

嘉永~安政「角田新兵ヱ」出生。(戸籍より)
安政~明治「新兵ヱ」大坂木津邑にて“金時人参、天王寺蕪” など現在「なにわの伝統野菜」である農産物を栽培していたと思われる。
明治後期「新兵ヱ」長男「亀松」「なにわの伝統野菜」など農産物を栽培し行商や大阪天満青物市場で販売する。
大正初期「亀松」の長男「新太郎」大阪みなみの割烹「みやこ」で料理の修業に入る。
大正14年(1925)初代の「新太郎」少なくともこの年には木津邑を拠点に行商で農産物を売り歩きつつ料理仕出しと寿司を始める。
屋号を新太郎の「新」を採り「う越新」とする。※「越」の変体仮名です。(元はこちら)
戦中戦中の一時期休業。
戦後

仕出しと共に一時期木津卸売市場で魚の卸売りをする。

※木津難波魚青物市場(浪速区史より)木津市場の前身です。

昭和32年(1957)新太郎の長男「照夫」「う越新」を後継。
昭和41年(1966)「株式会社う越新」を設立。
昭和45年(1970)新太郎の次男「貞吉」寿司部門を分離し、寿司店を開業。「う越新」料理仕出し専門となる。
昭和61年(1986)「照夫」三男「守」料亭へ修業に入る。
平成 6年 (1994)宝橋調理施設建設。屋号を「木津うを新」、登記名を「株式会社うを新」に変更。
平成14年(2002)11月25日「守」「株式会社うを新」を後継。
平成15年(2003)先祖が栽培していた「なにわの伝統野菜」を元木津市場で漬物店を営んでおられ普及に尽力された石橋明吉氏の助言により料理内容に取り入れる。
平成18年(2006)11月1日天王寺区堀越町に新社屋を建設し調理施設と本社を統合移転する。
平成25年(2013)7月1日WebShop“uwoshin.net”開店。11月26日“よもやま話”サイトオープン。
令和 3年(2021)新型コロナウイルスの影響により売り上げ減少。業務再編、再構築を目指す。
大阪府大阪市天王寺区堀越町12番5号
06-6105-1770
kizu uwoshin All rights reserved